いしをできるだけ遠くへうつす方法(4)

最後となる第4期は2016年5月中旬に開催した。

唐突だが想起してほしい。例えば日本人である私たちが主要言語として使う漢字やひらがなが、象形文字の性質として、太古の人間が眺めていた様々な風景であったことを。現代の私たちの文字情報に溢れた生活の中でこのように眺めるならば、私たちの視界にはまさに驚くべき見えざる風景がそこに広がっていることを知るだろう。歴史から紡がれる断片的な様々な風景の複合体が、常用語である日本語という記号の羅列を通して、私たちの眼の前に常にある。言葉のあり方や今ある光景は変化すれど、あの風景は常に含まれてそこにある。それは想像を通してこそ叶えることのできる、儚くも鮮烈な可能性なのだ。

もし、そこに始まりを見るのだとしたら。そう切望にも近い仮説を立てたなら、始まりは「過去に起きたある不動の一点」などではなく、「移ろう常態」としてそこにあるものだと言えないだろうか。そして、今眼差しの内にある風景に新しい言葉の形を見て取ることはできないだろうか。

スローターハウス5のビリーのように過去や未来でさえも携えて、ある時間の幅を持った記号とイメージ、またオブジェクトや空間の状態とその可能性を探るために、第1回目に制作された絵画、象形文字、想起の引き金としてのレディメイド、そして紡ぐための詩作を交えながら構成した。1年をかけたこの試みも、新しい風景を時間の流れに投じつつ、ひとまず幕を下ろすことにする。

 

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